


どうも、とっしーです。
習い事は全て子どもにとって良い経験なのかと言ったらそうではない事もありますよね。
学校と習い事で時間が無く友達と遊べないなど、今は子供でもストレスを抱える社会になっています。親も同様に家計問題や送迎問題で悩むご家庭もあります。
この記事では習い事以外でも大切な教育はあるということが分かります。
習い事に通わない、通わせない理由を探りながらお子さんにとって何が大切なのかを考えてみましょう。
- 親が習い事に目を向けすぎて習い事プレッシャーに陥ってしまう。
- 習い事では知り得ないことを、親子のコミュニケーションを通して学ぶ機会を作る。
- 子どもが習い事に興味を示すまで待つのも親の役目。
- 金銭的理由であれば、働くことの大切さや稼ぐことの大変さを教える。
- 早期教育より原体験が大切である。
- 同じ目標の人以外のコミュニケーション能力を身につけさせる。
- 自然体の中でも学ぶことは沢山ある。
親の思いや経験

習い事をしていないお子さんはどのくらいいますか? うちの子供達は習い事をしていません。2年と4年です。
この前、その事を近所の父兄に話したら親子で凄く驚かれてしまいました。そんなに驚くことなんですか?
私も、何かさせたいな~とは思っていますが、本人のやる気が全く無く、したいものが見つかってから・・・と思っていたら4年生になってしまいました。
スポーツ万能な子で、スポーツ教室(野球・サッカー)などからスカウトが来たりもしますが、束縛されるのがイヤらしく、わざわざ習いたくないと子供はいいます。
子供のやる気も大事ですが、まずは親が導いてあげるというのも一理あると思います。
しかし、実際、私は幼稚園からお習字・英会話・ピアノ・学習塾・家庭教師・・・と毎日ハードでしたが、全て親に無理やり習わされていたので、楽しかった記憶が無く、当時、教室では一番でしたが、やめてしまってから、大人になった今も何も身についてはいません。
習い事について、どう考えていらっしゃいますか?
習い事をしていないお子さんをお持ちのお母さん・お父さんの意見も聞きたいです。
引用yahoo知恵袋
世の中では子どもを習い事に通わせなきゃと焦る親が陥りやすい習い事プレッシャーという見えない圧力があるようです。

今や週5で習い事に通っている子どももいる時代、その中で「習い事に行かせないと」と、目的もなく周りと比較してしまう事、「学校での不得意分野は習い事に行かせてでも克服しないと」と子どもの意思なく習い事に目を向ける現象です。
しかし、子どもの興味や意思がなければ意味がありません。
習い事に目を一心に向けるのではなく、その時間をお子さんとのコミュニケーションに使い、家族との会話の中で学べる事が沢山あるのではないでしょうか。
習い事では知り得ることのできない、親からの経験談や失敗談を話すことも、子供にとっては習い事と同じくらいの学びになると私は思います。

また親自身が子どもの頃に習い事に通い、ためにならなかった、楽しくなかった、行きたくなかったといったような経験をしている親御さんもいます。
すると自分の子どもにはそのような思いをさせたくないと思うものです。さらに子どもにやる気がないとなるとなおさら習い事に意味を見出せなくなると思います。

嫌々通わせても身にも付きませんし、辛い子ども時代になってしまうので、子どもが習い事に興味を示すまで気長に待つ事も親としての役目なのではないでしょうか。
経済的理由

子供が習い事をしたがっているのに、させられない現状・・・ 小2と小3の子供がいます。
今まで継続的な習い事はしたことがなく、短期の季節の習い事(水泳教室や冬期間だけのスキー)などは通わせています。
理由は経済的に毎月の余裕があまりないからです。
生活できないほどではないですが、生活レベルは中の下くらいで、主人の給与が手取りで毎月15、6万なので、家賃や公共費、学校にかかるお金や月の保険などの支払いだけで毎月赤字が多い状態で、食費や生活費も切り詰めたりしつつ、年に二回のボーナスを臨時の出費や毎月の補填にして切り崩して普通に生活できるという感じで、貯金する余裕はないです。
自分もパートに出てますが、近くに協力を得られる人もいず主人の仕事も遅かったりで協力があおげないので、働ける条件も限られてるので、ゆとりある生活というほどではありません。
また、車も主人が仕事で使うもの以外複数台持てる余裕もないので、スポーツなんかだと送り迎えの足もないので厳しいなという状態です。
子供が友だちの影響などで、ピアノに通いたい、公文をやりたい、バレーをやってみたいなど事あるごとに習い事をしたいといってくるのですが、3、4000円のものでも厳しいなーという現状なので、色々調べてみても、今の習い事はピアノでも公文でも月に7、8000円くらいで、いいよといってあげられません。道具をそろえたり、送り迎えしてあげる環境なんかも整っていないので現実的に考えて今の段階ではさせてあげられそうにありません。
その代わり、短期の水泳やスキーなどは出費が一時的なので、なんとか出来る範囲でならわせているのですが、それでは不満だといいます。
うちはそんなお金ないから無理、と切り捨てるのも子供がうちは貧乏なのかと思ってしまうと思うので言いにくいですし、
皆は習い事してるのに、といわれるたび、責められているみたいで落ち込んでしまいます・・・
本当はゆとりがあれば習い事は私もひとつふたつさせてあげたいんですが、現状難しいです。
そのたび理由をつけてはぐらかしているのですが、あまりにせっつかれると「そしたらお洋服とかおもちゃとか買えなくなっちゃうかもしれないよ」なんて経済的な事もいってしまう時もあります。
そのたび子供は不満な顔をしつつあきらめるといった感じですが、何ヶ月かたつとまた同じように習い事したい、といわれてしまう繰り返しです。
どうすればいいのかと悩んでます。習い事をさせる余裕のない親はダメダメですよね・・
引用yahoo知恵袋
一言で習い事と言ってもお金もかかるし、送り迎えの負担もありますよね。子どもとしたら友達と同じ事をしたい、興味あることを学びたいのでしょうが無い袖は振れません。さらに兄弟がいれば出費も倍です。
経済的理由により習い事に行かせないというのは親として不本意でしょうが仕方がない事情でもあります。

子供にはお金がないとは言いたくないところですが、逆に働いて稼ぐことの大変さやお金の大切さを子供と話し合い教える事も一つの教育だと私は思います。

習い事をしなくても子どもは学ぶ

習い事に行っていないと、周りからかわいそうとか、教育に無関心だとか、貧乏家庭なんじゃないかなど、心無いことを言われたりする場合もあるでしょう。
しかし、お子さんはお子さんなりに日常からたくさんの大切な事を学んでいるのです。
本来であれば子どもは子どもらしく外で友達と元気に遊び、子どもの時代にしか出来ないやんちゃをする事によって人の痛みを知り、繋がりや仲間の作り方など「生きる」という意味を学びます。
一方で今は幼児教育が発展して、幼い頃から英才教育や習い事をさせなければ将来が不安という風潮があり、親御さんが飲み込まれてしまっている現象が見られ、子どもらしい子どもが消えつつあるのも事実です。

習い事に通ってその道に進むなら意味もありますが、子どもがどんな道を選ぶか分からない時期にあれもこれもと習い事に行かせるのは子どもの将来的選択肢を狭めてしまう事にもなりかねないのです。
さらに教育評論家の尾木ママこと尾木直樹さんによりますと
教育熱心な親御さんの間で「早期教育」が流行っているわよね。難しい漢字が読めたり、逆立ちしてすごい速度で歩けちゃう、跳び箱の6段が跳べてしまう……といった子ども達を見ると「すごい! ぜひ、うちの子も」って思ってしまう方がいても、仕方がないかもしれません。
でも、ちょっと待って。
そんな子ども達が秀でているのは確かだけど、これは脳の一部に刺激を与えて「偏った能力」を発達させているだけの場合も多いのよ。
「できる子だ!」とチヤホヤされていた子が、みんなに追いつかれて普通の子になっていく。その子の挫折感、喪失感が分かるかしら?
引用日経 woman
このような事から早期教育より原体験が大事とおっしゃっています。

原体験とは人の生きかたや考え方に大きな影響を与える幼少期の体験のことで、家族でのキャンプなどを指します。
その原体験を幼少期にすることで、大人になった時に大切な価値観に気づき、夢を見つけることができるのです。

新しい夢を見つけるにも、その習い事に繋がることしか思い浮かばず、真新しい世界に脱出できない自分がいます。
習い事が役に立っていいと言うご意見もありますが、幼少期から技術を習得してしまうのも悩みのひとつになるようです。
また、習い事に執着してしまうとコミュニケーション能力も低下させてしまうような気がします。
今時の子どもたちには、仲間同士では必要以上に気を使うのに対して、大人など異世代や仲間以外に対する人間関係には無関心という傾向もあるように思われます。いずれにしても、昔に比べれば、全体的なコミュニケーション能力は低くなったと言っても過言ではないでしょう。
引用ベネッセ教育情報
このように習い事に行けば学区外の友達ができますが、同じ目標に向かっている人同士ですのですぐに仲良くはなれますよね。
ですが、いざ他の目標の人達と友達になろうとしたときにコミュニケーションの取り方が分からないといった落とし穴にぶつかってしまうのです。

コミュニケーション能力が低くなったと言われている今、他の目標を持った友達とも仲良くなれるスキルは習い事では身につかないのではないでしょうか。
そして、習い事に集中しすぎる事によって本来子どもの興味あることを見逃してしまっている可能性もあります。
子どもも学校に行き、放課後に友達と遊び、テレビなどを見て自分の興味がどこにあるのかを自分なりに判断する力を身につけます。
その判断の上で通わせるのであれば意味がありますが、親の希望や夢、または見栄などで通わせてしまうと身につくべきものが意味を成さない事にもなりかねません。

お金をかけて学ぶことを否定はしませんが、自然体の中で学ぶことが人間としての本来の姿なのではと私は思います。
親にしか出来ない「教育」もある


なので息子はえさも素手で触れますし、魚の獲れる旬の時期や、釣りたての魚を調理するので自分も魚という命を食して(頂いて)生きていることを釣りを通して学んでいました。
そして子どもの頃から自分で魚をさばく事も覚えました。
さらに最近魚が獲れなくなったのも山の神様が怒っている(山から流れてくる水が海に注がれる事によって魚が成長するとの考えから漁師の方は山の神様も大切にします)からと自然の力も幼い頃から学ぶ事ができました。
このような自然の力や食べ物の大切さ、また魚を通して命のことなどは習い事では知り得ることのない事実ですし、生きる上では大切なことだと思います。

確かに将来必ず訪れる受験や就職に役立つには習い事と思いますが、その前に「命とは」「生きるとは」を家族で話し合い、家庭の中で学ぶことが子どもにとってより良い人生になるのではないでしょうか。
まとめ

- 親が習い事に目を向けすぎて習い事プレッシャーに陥ってしまわないように気をつける。
- 習い事では知り得ないことを、家庭の中で親子のコミュニケーションを通して学ぶ。
- 子どもが習い事に興味を示すまで気長に待つのも親の役目である。
- 金銭的理由であれば、理由を説明し、働くことの大切さや稼ぐことの大変さを教える。
- 早期教育より人間として生きる原体験が大切である。
- 同じ目標の人だけではなく、違う目標を持った人ともコミュニケーションできる能力を身につけさせる。
- 家庭内や自然体の中でも学ぶことは沢山ある。
習い事が当たり前の世の中ですが、習い事をさせていない事で引け目や不安を感じることはありません。
習い事にかけるお金と時間を、親でしか教えることの出来ない教育にあてる、それこそが本来の習い事であり、子供にとって一番大切な事なのでと私は思います。
習い事に目を向ける前にまず「生きる」事、「生きていく上で大切なこと」を家庭の中で話し合ってみましょう。話し合う中で子どもが興味を示す事柄に出会うかもしれません。
興味を示した段階で習い事に目を向けても遅くはないと思いますよ。
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